「ポジティブに」と言われたら?

「ポジティブに、前向きに」の功罪
「ポジティブに、前向きに」の功罪

落ち込んでいたり、中々解決しない悩みを持ち続けていると辛いですよね。
だからたまには親しい人に辛さを共有してもらいたくなる。
特に解決策を望んでいるわけではない、そう簡単に解決できる問題でもないことは、自分がよく分かっている。
ただ、言葉にして他者に聞いてもらうことで、少しは気がまぎれるかもしれない、紛れればもしかしたら何かいい案が浮かぶかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、愚痴をこぼす。

それは、聞いている側も、色んな事を考えます。
どうして悩んでいるのか経緯も理由も知っているし、もし自分がどうにかしてあげることが出来れば、とも思うけど、自分だってそれなりに問題は抱えているし、スーパーマンどころか専門家でもないから解決方法なんてわからない。自分が思いつくようなことは本人が既に試している。
『そうだよね、分かるよ』と言い続けて早何年(笑)
そしてたまにはこう言いたくなります。

『そんな後ろ向きなことばかり考えてないでさ、ポジティブに考えたら? もっと前向きに、さ』

さて、こう言われた時、あなたはどう感じますか?

【選択肢① 「うん、そうだよね」】

納得して受け入れる場合。
自分の思考が後ろ向きで非生産的なことは重々承知していますから、ポジティブに前向きに考えるに越したことはありません。
じゃあ、明日からは前向きに考えましょう。
出来ますか?

【選択肢② 「そう言われても、出来ないよ】

友人の言いたいことはよく分かります。
会うたびに同じ愚痴を聞かされ、心配ばかりかけているのだから、もしかしたら「いい加減にしろ」と思われているかもしれない。
かといって、「ポジティブに、前向きに」考えることなどできない悩みだとしたら、どうでしょう。
上司のパワハラ、家族の病気、経済的な困窮などを、どうすれば「前向きにポジティブな」問題に変換できるのでしょうか。

励ましてくれている人の気持ちは有難い、でもその通りに出来ない。
出来ない自分が情けないし、期待に応えられないから相手にも申し訳ない。
こんなことで悩むような自分はこの人の友人として相応しくない。
この人だけじゃない、自分なんて、世の中の誰からも必要とされない。
こんな自分はダメ人間だ……。

という思考に陥って、更に悩みは深くなるでしょう。


ポジティブに前向きになっていないのは、まだその段階に至っていない、ということではないでしょうか。
とことんまで考えぬいて、自分なりの答えが出て、どうすればいいのか道が見えたら、自然と気持ちも行動も前進し始めるものです。

『前向きに』という言葉をそのまま受け取らなくていいと思います。
その人は心配してくれている、何とかして元気になってほしい、自分に出来ることは何かないかな。
そう考えた結果出てきた言葉だと思います。

言葉そのものではなく、そういう気持ちだけ受け取っておきましょう

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