家族のための障害受容マニュアル:心の準備と具体的なステップ
家族がうつ病などの精神疾患・精神障害になった時、側にいる人は『自分は何をしてあげればいいんだろう』と考えるでしょう。
勿論その対策は大事ですが、それ以前に必要なものがあります。
『病気になった本人の状態を理解し、受け入れること』です。これを障害受容と言います。
病気になったのは自分ではないけれど、家族は家族の立場として受容する必要があります。
どうやって受容するかのステップと、必要なものは何か、を考えました。
目次
障害受容とは
定義
障害受容とは、障害を持った人が、自分の状態を受け入れてその後の人生を生きていくことを肯定的に考えられるようになることです。そしてそのプロセスです。
障害の受容とはあきらめでもなく居直りでもなく、障害に対する価値観(感)の転換であり障害をもつことが自己の全体としての人間的価値を低下させるものではないことの認識と体得を通じて、恥の意識や劣等感を克服し、積極的な生活態度に転ずることである。
(医療法人 若葉会 さいたま記念病院)
障害には身体、知的、精神、発達、内部、難病などいろいろあります。それぞれに受ける影響が違います。症状や生き辛さは勿論、周囲からの理解やサポート、それ以前の生活との相違などもあります。
どんなプロセスを経て受け入れるか、は、個別性が非常に高いと言えるでしょう。
家族が障害受容する意義
では障害を持った本人ではない家族が障害受容する意義とは何でしょうか。
それは冒頭でもお話したように、障害を持った人とこれからも一緒に生活していくために必要だからです。
- 日々のコミュニケーション
- 症状が出て困っている時のケア方法
- 将来的にどうするか、のライフプラン
- 家族として大きな決断が必要な時の相談方法
を考えるとき、相手の障害を受容出来ていないと「あの人が病気なんかじゃなければ」と考えてしまいかねません。
そう思ってしまう気持ちは分かりますが、今すでに病気・障害になっているなら、それを考えても事態は変わらないばかりか、現実的な相談・検討を阻害してしまいます。
受け入れ難いけれど受け入れざるを得ない現実と向き合うための取組みなのです。
家族が障害受容することで実現する家族像
病気本人とどう向き合えばいいのか、の本質が分かる
特に精神疾患の場合について考えてみたいと思います。
例えば『家族がうつ病になったらどう接すればいいか』という疑問に答えてくれる本やサイトはたくさんあります。
障害によって基本的スタンスはあるでしょう。ただそれは、すぐ出来る声かけや接し方に留まる者が多いと思います。
どう向き合うか、というのは、朝起こしたほうがいいのかどうか、という細かい行動の根底に関わる「態度」です。
本人が今どんな状況にあって、自分は家族としてどう関わっていきたいか、です。
どうすべきか、は百も千もあるでしょう。しかしその通りに出来ずに悩んでしまっていませんか。
教科書通りに出来ない、またはやっても相手に拒否されてしまうとしたら、それは「どう向き合っていきたいか」という自分の価値観とマッチしていないからです。
病気本人の行動や現状に一喜一憂しなくなる
精神疾患・精神障害は患部が目に見えません。検査して数値に現れるものでもありません。
目に見えるのは障害によって苦しんだりストレスを受けた結果としての感情表出や行動です。それは病気そのものではありません。
例えばうつ病になった夫が一日中ベッドから出てこないとしたら、妻は心配します。続けば不安が高まり、更にはイライラし、不信感を引き起こします。
たまに状態が良くて起きてテレビを見ていると、「テレビは見られるのにゴミ捨ては出来ないなんておかしい」と感じるかもしれません(私もそうでしたから)。
行動や言動は、結果です。障害そのものの辛さや悩みとはまた別物です。
障害受容出来ることで、その違いも受け入れることが出来るようになります。
自分の感情が安定する
家族が精神障害になると、同居している人のメンタルは大嵐です。
不安、葛藤、混乱、否認、自責、他責、恐怖、後悔、孤独。
何をしていても常に『家族が精神障害だから』という条件が、大岩のように道を塞ぎます。
そして自分の正直な感情や思考の出口を塞ぎます。
家族が精神障害だ、という事実は、その状態を受け入れることが出来ていないことで『大岩化』します。本当は岩でも大きくもないのに、受容出来ていないことで現実より手強いものに感じてしまうのです。
家族が精神障害で、これからもずっとその状態が続くのだ、という事実を、必要なステップを踏んで受容出来ることで、出口を失って嵐化していた自分の感情を安定させることが出来るようになります。
落ち着いて「これからどうすればいいか」を考えられる
障害受容出来て気持ちが安定することで、思考がクリアになります。
- 今出来ていること/出来ていないこと
- これから必要になるもの/不要になるもの
- 自分達で賄えること
- 他者に頼らざるを得ないこと
を整理・分別出来るようになります。
思考がクリアになることで、選択肢が明確になり、行動化出来るようになるのです。
何をすればいいか分からない、という最初の問いへの、自分達なりの答えを見出せる、と言えるでしょう。
家族が障害受容するために必要な要素 4つ
情報
まずはベースとして障害・疾患についての医療的な情報が必要です。
インターネットで調べることも出来ますし、本人の通院に同行して主治医から聞くと分かりやすいです。
更にその障害に対して公的にどんな支援・サポートがあるのか、の情報も必要です。
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共感
障害をおった本人への共感です。
共感とは「あたかも自分がその人になったつもりで、その人の感情や状況を再体験する」ことです。
自分に障害や病気の経験がある必要はありません。あたかも、です。自分に相手を引き寄せるのではなく、自分が相手と同じ目線になることです。
家の中だけが結界かのように外へ出ることが怖くなっている人が、コンビニすら行けないとしても、それは当然ですよね。
「それくらいどうして出来ないのか」という疑問は解消します。
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サポート
公的な支援は障害者本人に対するものです。家族に対する公的支援はありません。
しかし家族にこそサポートは必要です。
ここで力を発揮するのは「ソーシャルサポート」、つまり他者との繋がりです。
実家の両親やきょうだい、親戚、友人知人、ご近所さん、自分の会社の上司同僚後輩、その他悩み事を相談出来る相手など。もちろん自分が不調を感じて医療機関やカウンセリングを受けているなら主治医やカウンセラーも含みます。
何があっても自分一人で抱え込まなければいけない、と考えることが、障害受容を阻みます。
セルフケア
忘れてはいけないのが、家族が自分自身をケアすることです。
メンタル、身体の両方のケアです。
同居家族が精神障害になった、という変化はほぼ必ず心身にダメージを与えます。大事に思っているほど衝撃は大きいです。自覚症状が無いとしても油断できません。後から謎の不調が起こります。
そして目の前にもっと辛そうにしている人がいると、つい自分のケアや休息を後回しにしてしまいます。趣味や友人との時間を楽しむなど、後回しを超えてタブー視してしまうかもしれません。
しかしここで家族が自分をケア出来なければ、遠からず全員で共倒れします。障害受容以前の問題です。障害者をケアする家族は、本人が薬を飲むのと同じくらいの重要度で自分をケアする必要があります。
ケアの習慣が出来て、メンタルが安定し余裕が出来ることで、障害を受容しよう、という心持ちにもなれるのです。
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家族が障害受容するステップ:5段階
STEP1:ショック・混乱・否定・楽観視→失望
一番最初の段階です。驚くし、悲しいし、パニックになります。それは事実なのか、と否定したくなるし、言うほど悪くないのでは? と楽観視したくなります。
ですが医師から診断されたなら、事実だし楽観視も出来ません。否定しきれない現実を目の当たりにして失望することになります。
STEP2:自分のメンタルが凹む→ケアする
否定しきれないネガティブな現実を体験すれば、メンタルにダメージを受けます。
落ち込んで、悩んで、悲しくなったりイライラしたり将来が不安になったりします。そのせいで夜ちゃんと眠れなくなったり頭や胃が痛くなったり食欲不振になったりするでしょう。
家族が障害者になったのですから、自分自身も抑うつ的になっても仕方のないことです。元気になりたいと思って相手の障害を否認しようとしても、また失望することになります。
メンタルが落ち込んだ自分をしっかりケアする必要性を学ぶ段階です。
STEP3:振り返り
セルフケアすることで心理的に余裕が出来てきたら、
- 今まで起きたこと(本人の状態、行動、社会との関わり)
- 主治医や専門書等から得た情報
をもとに振り返りを行います。
どちらか一方が絶対で片方が間違っている、ということではありません。
両方大事な情報源です。
STEP4:個別像を明確にする
振り返りを行うことで、自分の家族の個別性が明確になります。
何の病気なのか、は主治医の診断結果の通りですが、それ以外に
- どんな症状が一番強く出ていて
- それについて本人はどう困っていて
- 家族にどんな影響が出ていて
- 今はどういう対処をしているのか
が浮き彫りになってきます。
ぼんやりと不明確で、そのせいで巨大で手を付けられないと思っていた大岩が、バラバラで手に取れる大きさの問題にまで分解されていくのです。
STEP5:今後の対策
個別像が明確になったことで、取れる手段が見えてきます。
そして実践を繰り返すことで、自然と「家族が精神障害になった」ことをそのまま受け入れることが出来るようになっていきます。
勿論一度受け入れたからと言って全ての悩みが解決するわけではありません。
ただ、受容以前の「病気でさえなかったら」という捉え方をすることはどんどんなくなっていくでしょう。
「自分の家族は障害者になった。ではその状態でこれからどうやって生活していこうか」という、新しい段階へ向かうことが出来るようになります。
障害受容の敵はスティグマ
スティグマ、という言葉を聞いたことはあるでしょうか。
直訳すると「烙印」です。転じて「偏見」「差別」という意味合いを持ちます。
スティグマには社会・第三者から向けられるものと、自分が自分に対して向けるスティグマがあります。
社会からのスティグマは、それこそ全人類が取り組むべき命題です。自分の家族の問題の有無とは別に、人として生きている限り考えなければいけないテーマでしょう。
それとは別に、自分が・身近な人が社会的スティグマを受ける可能性がある状況になったときに、自分も自分や身近な人をそういう目で見てしまうことを「セルフスティグマ」と言います。
社会的に見たら自分・家族は差別や偏見の目で見られる恐れがある、という考えから、「自分達はそういう目で見られても仕方がない、価値が低い人間なのだ」と思い込んでしまうことです。
スティグマに負けないためには、何より障害をあるがまま受け入れる姿勢が必要です。
無理やりポジティブに、「障害になって良かった」などと考える必要はありません。後年になって何かしらの学びを得ることはありますが、それは結果であって、無理に「良い経験として捉えよう」とするとそれもまたストレスになります。辛いものは辛いのです。
しかし、偏見や差別はそれ以上に何も生みません。悪いことしか引き起こしません。自分で自分・自分達家族を偏見の目で見るほど辛いことはありません。
分かっていてもそういう目で見てしまう……としたら、それも一つのストレス症状です。目をつぶるのではなく、専門家に助けを求めてください。
≪参考情報≫ スティグマについて(国立精神・神経医療研究センター)
まとめ
- 障害受容とは何か(定義、家族側の意義)
- 障害受容によって実現する家族像 4つ
- 家族が障害受容するためには「情報」「共感」「サポート」「セルフケア」が必須
- 家族の障害受容の5つのステップ
- 障害受容の敵はスティグマ
何度も言いますが、精神障害は目に見えません。
本人の目にも見えません。苦しむことしか出来ません。家族にはそのどちらもありませんから、理解し受け入れるには疑問と悩みの繰り返しが必要です。
それでも一緒に生きていくなら、受け入れることがどこかで必要になります。
受け入れることを急ぎ過ぎる必要はありません。
必要な支援や要素を揃えて、ステップを踏み、協力者を増やしながら、「私たち家族はこれからこうやって生活していくのだ」という新しい未来に納得する日を迎えましょう。
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