ソーシャル ロール バロリゼーション

ソーシャルロールバロリゼーションを考える

私は精神保健福祉士なので、今回は障害者を主眼に思ったことを書きたいと思います。

ノーマライゼーション、インクルージョン

最近急速にあちこちで耳にするようになった「ノーマライゼーション」。
区別することなく、同じように、普通に受け入れよう、という概念です。
発生は1950年代の北欧で、実はかなり歴史がある概念です。

そこから進んで、「ソーシャルインクルージョン」。
社会的包摂、と日本語に訳されますが、同じように扱うだけでなく、社会の一員として受け容れる、という概念です。
これも今は普通に耳にするようになりました。

ソーシャルロールバロリゼーション

ここで実はもう一歩進んだ概念があります。
ソーシャルロールバロリゼーション」です。
社会的な役割を受け持つ、というような意味になります。

障害者を、それ以外の人と区別せず普通の人として受け容れ、その人が出来ることを社会の中で役割として担ってもらう、という考えです。

これはまだ中々聞くことはありません。
ただ、障害者就労などで行われているように、その人のできる範囲での能力を活かしながら、従来は縁遠いとされていた「障害者が働いて収入を得る」ということが、徐々に広がりつつあります。

パラリンピック、スペシャルオリンピックもそうですよね。
障害特性があることを前提にした競技で、彼らにしか出来ないスポーツです。

自分の役割は他人とは違う

社会的役割を求めているのに中々得られない人というのは、障害者に限ったことではありません。
得ている役割が、自分が望んだものではない、というケースもあるでしょう。

一見、生活上は「普通の人(障害者のような特別な支援は必要としない)」でも、その人の中には思うように自分を活かせず、求められた役割を十分にこなすことが出来ず、葛藤やジレンマを抱えている人も少なくないでしょう。

人は誰でもみな違う、違うのが当然で、だから出来ることも出来ないこともみんな違う、ということを、当然のこととして意識しせずに受け入れることが、「多様性」ではないか、と考えます。

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