家族が「鬱」になったとき

 年末のいい感じに緩い時に暗い話題ですが、何となく思い出してしまったので。

 私の夫は、結婚当初にうつ病を発症しました。
 会社に行こうとすると体が動かなくなり、夜は眠れず、出社しても仕事に集中出来ず上司に叱責を受けまくり、とうとう夫を虐め続けた上司が「産業医に会ってこい」と提案して、そこで「抑うつ状態かも。一度受診してみては」と言われ、正式に受診した先で抑うつの診断を受けました。そして半年間の休職期間に入りました。

 本人はホッとしたと思います。毎日線路を見ると「いつ飛び込もうか」と考えながら会社へ行っていたそうなので。とりあえず半年は行く必要は無くなりました。

 ただ新婚の上にいきなり夫がうつ病と言われた私は、夫がいないところで毎日泣いていました。どうしてか実家の親にも相談できず、友人も未婚が多かったし、それ以上に周囲をどんなに広く探しても、うつ病の人なんてどこにもいなかったのです。

 毎日碌に食事もとれず、眠れず、虚ろな目でゲームばかりしている夫と、将来の不安と自分が何をすればいいのか、もしかしたら自分が原因なのではないかという不安、どうして私がこんな目に遭うのかという悲嘆と憤りで、だけど誰もそれを理解してくれないし言える相手もいなかった。当時、夫には秘密でメールカウンセリングを受けましたが、『あなたもリラックスしましょう』『ご主人に寄り添いましょう』とかしか言われなくて余計辛かったです。リラックスって、どうやって??狭い同じ家の中に病人がいるのに?寄り添うって何?私に何ができるの?と。

 夫の主治医はもっと最悪です。『こういう時はご家族がしっかりしてください』と来たもんだ。しかし当時の私は真正面から受け止めました。そう、私が全てを背負い込まなければいけないのだと。余計自分を追い詰めました。

 タイミングが悪かったのは、夫の休職中に母のガンが見つかったこと。もう八方塞がりです。夫も心配だけど母も心配。こっちは不治の病ですから。実家の父に頼まれて手術の立ち会いをしたり、主治医から術後の報告を受けたり、妹と励まし合ってお見舞いに行ったり。その間夫はずっと動けませんでした。忘れてましたが夫の実家はもっと何もしませんでした。本当に、何一つ。たまに思い出したように電話してきては、夫の鬱状態を悪化させるような地雷を踏んで電話越しに大ゲンカです。

 しかし今となって思い返すと、何が辛いといって、夫が病気になったことよりも、『自分の夫はうつ病なのだ』ということを私自身が受け入れるまでに時間がかかったことでした。
 心のどこかで『うつ病なんて恥ずかしい』と思っていたのかもしれません。だから夫を知っている人には尚更相談も愚痴も言えませんでした。

 受け入れる一つの契機となったのは、復職した夫がやはり半年くらいで続けることが出来なくなり退職したのをきっかけに、その当時住んでいた家から引っ越したこと。横浜から千葉のかなり辺鄙な場所に転居したので、夫の病院も変えました。夫が働けず、私が大黒柱にならなければいけないことを覚悟し、それまでの派遣社員から正社員を目指して転職した辺りです。まだ30ちょいだったこと、多分その頃ちょっと景気が良かったこと(笑)が幸いしたのだと思います。

 しかしその後も、うつ病のせいなのか何なのか分からない夫の言動に振り回され、謎のイライラや胸痛に悩まされました。

 二つ目の救いはペット(うさぎ)を飼ったことかも。初めて飼う種類の動物だったので四苦八苦しましたが、彼女(メスでした)の存在には助けられました。四年前にお月様へ行ってしまいましたが、今でも心の支えです。

 今の私(精神保健福祉士)なら、当時の私になんと言ってあげられたのだろう。あの時の私が少しでも楽になれるようなアドバイスや提案ができるのだろうか。

 私がカウンセラーとして独立しようと思ったきっかけの一つです。

家族が「鬱」になったとき” に対して1件のコメントがあります。

  1. なもないはなこ より:

    このお話を聞いて胸が痛くなりました。
    何という苦労を積み重ねてこられたんだろう。
    カウンセラーとして独立されようと決心されたお気持ちに今ただただ
    感動の涙に溢れるばかりです。
    よく頑張って来られましたね

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