自他の境界線の作り方 -ギバーとテイカーを再定義しよう-

<自分と他者の間に境界線を作ることに、罪悪感を感じていませんか?>
自分と他人との間に境界線を引くことが出来ないことで、相手に振り回され、相手を振り回し、関係性が安定せず、不安や自信喪失を抱いて苦しんでいる方はとても多いです。
特に家族、パートナー、恋人のような、プライベートの特別な関係の相手との間に境界線を置きにくいケースです。こうした方も仕事のようなパブリックな関係だと境界線を設けられています。
なぜ近しい人との間だと境界線を引けないのか。もしかしたら境界線を引く=相手を突き放す、自分の我儘を押し付けること、のような感覚があって、罪悪感を感じているのではないでしょうか。
境界線とは、どちらかが損をすることではありません。お互いを守るための優しいルールです。
今回は「ギバー」と「テイカー」という概念を元に、私たち自身の行動が境界線をどこに置いているのか、を探っていきたいと思います。
目次
- 1.ギバーとは、テイカーとは
- 2.あなたの行動はどっち寄り? -ミニ診断テスト-
- 3.テイカー行動が多い人の境界線の状態とは
- 4.ギバー行動が多い人の境界線の状態とは
- 5.自他どちらにも優しい境界線の引き方
- 6.真のギバーになるために出来ること
- 7.まとめ
1.ギバーとは、テイカーとは
①ギバー=与える人、テイカー=奪う人、ではない
まずは確認を含めて言葉の定義を共有したいと思います。
ギバー(Giver)とは、文字通り「与える人」です。
他者に何かをしてあげる人、気を回す人、手助けをする人です。
大人になればどちらかと言うとギバー的行動やポジションに立つことが多いでしょう。
なのでこうした行動は普段から実践していると思います。
このギバーには、実は2タイプあります。
1つは「表面的ギバー」です。
相手が喜ぶ、相手を手助けするような行動は多いですが、その発想の根源が「自分」です。
自分基準で「こうして欲しいでしょ?」と思ったことを相手に行います。
2つ目は「本質ギバー」です。
相手がその場で喜ぶかどうか、よりも、「本当に相手にとって必要なことはなんだろうか」を考えた上で行動します。
なので発想の根源は「相手」です。
可能な限り相手の欲求・状態を読んで行動します。
もう一つのテイカー(Taker)は、「受け取る・奪う」側の人です。
行動をする前に「自分がそれによって得をするかどうか」を考えてから判断します。
そして見返りの大小・有無を重視します。
他者からの善意や与えてくれるものを自分のものとして扱う人のことです。
こう聞くと「テイカーって悪い奴じゃん」みたいな印象を抱くかもしれませんが、これは善悪の問題ではありません。
心理的に欠乏感が強い状態だと、テイカー的行動が多くなりがちです。

②行動は状況によって誰でも揺れ動く
ギバーとテイカーとは、性格や考え方、ましてや人格の問題ではありません。
その人がどんな状況・状態にあるかによって、どちらの行動が増えるか減るか、です。
先ほども触れたように、欠乏感や不安定感が強いと「テイカー寄り」になりやすいです。
それは他者を軽んじているとか「食い物にしよう」としているのではなく、自分に欠けているものを補って少しでも安心感を得たいと思うためです。
例えば恋人と別れた直後にたまたま「遊びに行こうよ」と誘ってくれた友だちがいたら、一も二も無くOKしますよね。
そして恋人がいなくなった寂しさを埋めようと、誰かと一緒にいる時間を無理やりにでも作ろうとするかもしれません。
それは「相手を利用しよう」と思っているのではなく、欠乏感をなんとかしたい、という藻掻きから生まれた行動です。
○○さんはギバー、▲▼さんはテイカー、というのではなく、誰でもどちらも経験するものです。
③違いを分けるのは「境界線の置き方」
そして自他の境界線の置き方に悩む方は、どちらかと言うとギバー的行動に偏りがちな方が多いでしょう。
先ほどテイカーは自身の欠乏感からテイカー行動が増える、とお話しました。
同じく欠乏感を埋めたいと思ったとき、「ギバー的行動」によって欠乏感を埋める、というパターンもあります。
それが先ほどお話した「表面ギバー」です。
行動そのものは誰かが喜ぶようなことをしているのですが、「自分の視点=自分の欠乏感を埋めるため」のギブなので、相手の状況や考えは考慮しません。
結果としてギブしているのではなく、自分が達成感や満足感を得ることが目的の行動なので、結果としてテイカー的な影響を生んでしまうことがあります。
例えば夫婦間でケンカをしたとします。家に帰って顔を合わせづらい、でも帰らないわけにはいかないし、謝るのも癪に障る。
「気まずさを軽減するために何かしたい」から「相手が喜ぶだろう」と思ってケーキを買って帰った。その時相手に『ケーキを食べたいか』は確認していません。
でも本人は「相手のために何かをやってあげた」という満足感を得ています。これが「表面ギバーによるテイカー行動」です。
自分の行動がテイカー寄りかギバー寄りなのか。
その分かれ目が「境界線の置き方」なのです。
2.あなたの行動はどっち寄り? -ミニ診断テスト-
ではここで、簡単なミニ診断をやってみましょう。
これは性格や志向ではなく、今の行動の傾向を見るものです。
どちらかが良くてどちらかが悪い、ということではなく、今の状態を知るため、と思って取り組んで頂けると嬉しいです。
【ギバー/テイカー傾向 ミニ行動診断(8問)】
最近の自分の行動を思い浮かべて、一番近いものを選んでください。直感でOKです。
A・B・Cのどれが一番多いか、でタイプが分かるようになっています。
<Q1>誰かに頼まれごとをされたとき
A:まず「自分に余裕があるか」を確認する
B:条件反射的に「いいよ」と言ってしまう
C:相手の状況を考えて、できる以上のことを引き受ける
<Q2>誰かを手伝ったあと
A:相手の反応を見て、必要なら調整する
B:感謝されないと少しモヤっとする
C:「自分ばかり与えている」と疲れを感じやすい
<Q3>相手が困っていそうなとき
A:様子を見て、必要そうなら声をかける
B:頼まれる前に先回りして動く
C:相手がどう感じるかより「正解」を提供しようとする
<Q4>人間関係でストレスを感じる場面は?
A:役割や期待が曖昧なとき
B:相手の機嫌や感情を読み続けているとき
C:思い通りに動いてもらえないとき
<Q5>「与える」という感覚に一番近いのは?
A:相手と相談しながら、ちょうどいい形を探すこと
B:相手のために我慢すること
C:自分が必要だと思うものを提供すること
<Q6>断る必要がある場面で
A:理由を伝えて、無理なことは断れる
B:断ったあと、罪悪感が残りやすい
C:断られると、相手に不満を感じやすい
<Q7>「人に頼る」ことについて
A:状況に応じて頼れる
B:頼るのが苦手で、基本一人で抱える
C:頼るのは当然だと思っている
<Q8>人と関わったあとの自分は?
A:多少疲れても、納得感がある
B:消耗していることが多い
C:物足りなさや不満が残ることが多い
≪診断結果≫
①Aが多い人:境界線がある「本質ギバー」傾向
- 相手と自分の責任を分けられている
- 調整しながら関われる
- 安定した関係を築きやすく、長く人と関われるタイプ
②Bが多い人:境界線が薄い「消耗型ギバー」傾向
- 優しさは本物
- ただし、察しすぎ・背負いすぎで疲れやすい
- 境界線を学ぶと一気に楽になるタイプ
③Cが多い人:無自覚テイカー傾向(悪意とは限らない)
- 主導性や決断力は強み
- 「相手の状態」より「自分基準」になりやすい
- 観察と確認を入れるだけで関係が改善しやすい
- メンタル状態によって誰でもこの傾向が強まることがある
いかがでしたでしょうか。
繰り返しますが、この診断は「性格」を決めるものではなく、今の行動のクセに気づくためのものです。
人は状況によって、ギバーにもテイカーにもなります。
大切なのは、どちらに分類されるかではなく、悩んでいる「自他の境界線」を、これからどう扱っていくかです。
この診断が、そのためのヒントになれば幸いです。
3.テイカー行動が多い人の境界線の状態とは
①境界線が自分側にだけ強く引かれている
テイカー的行動が多い人の境界線は、「自分はここまでだ」というラインがはっきりしていることが多いです。
テイカー的行動が多い人には、
- YES/NOをはっきり表明できる
- 自分のキャパシティや許容範囲を意識して行動できる
- 一方で、相手の状況への配慮は薄くなりがち
という傾向があります。
自分の意見や立場、できる事・できないことが明確なので周囲は理解しやすいです。何を考えているのか分からない、と思われることはほとんどないでしょう。
なので周囲も、YES+許容範囲内のことなら気軽に頼めるし、もちろん、自分の許容範囲内であれば受け入れる頻度も高いです。
その分、他者がどんな状況にあって、何を望んでいて、許容範囲はどこまでなのか、に目を配る余白が少ないため、ギバー行動が少なくなりがちです。
②「奪っている」より「守ろうとしている」ケース
自分の意見やキャパシティをしっかり理解しているという点は長所です。ですがそのラインの現れ方によっては他者からは「他人から奪う人」という目で見られることもあります。
しかし実際は、奪うことが目的なのではありません。
自分を守ろうとする意識が強いために、結果としてテイカー行動が目立ってしまうのです。
例えば先ほどのミニ診断1問目の「相手が困っている時」に「相手がどう感じるかよりも正解を気にする」のは、相手から奪いたいわけではなく、間違えたくない、という自分視点が強いからですよね。それは「間違えることで自分の信用や自信が損なわれないよう、自分を守っているから」と言えるでしょう。
③相手の境界線が見えにくくなる理由
このタイプが自分側の境界線へ強くこだわるのと反比例して他者の境界線を認識しにくくなってしまうのは、先ほどお話した「自分を守るため」という動機があるためです。
ではなぜ、「自分を守ること」が「相手の境界線を見ないこと」に繋がるのでしょうか。
それは「相手の境界線を知ることで、自分のほうが境界線を越えて何かをしなくてはいけなくなる」状況への不安と恐れがあるからです。
相手にも自分と同様境界線はあるだろう、でもそれが実際どこにあるのか、を知ってしまうと自分のYES/NOや許容範囲の表明がしづらくなってしまいます。それはひいては「自分を守れなくなること」に繋がる、と考えるからなのです。
4.ギバー行動が多い人の境界線の状態とは
①境界線が薄く、他人の領域に入り込みやすい
もう一方のギバー行動が多い人の境界線を見ていきましょう。
ギバーには2種類あるとお伝えしました。ここでは境界線が薄い「表面的ギバー」について取り上げます。
この行動が多い人は相手の境界線を意識しすぎることで、自分側の境界線がどこなのか分からないことが多いです。
なので「そこまでやらなくても」と思われるような行動をしがちです。相手のラインに合わせて行動するから、当人の行動は通常の「親切」の域を超えがちなのです。
例えば寝坊癖のある子どもを持ったお母さんの例で考えてみましょう。
自分も仕事をしているので、子どもが起きてこなくても家を出なければいけません。しかし通勤中も「ちゃんと起きたかな、学校行ったかな」が気になって仕方がないです。だからいけないと分かっていても電車の中から電話をかけてしまったり、会社についても何度も連絡を入れて「学校に着いた」ことが確認できるまで安心出来ません。
一見面倒見のいいお母さんですが、「会社員」という立場からすると優先順位が間違ってますよね。「お子さんが心配なのはわかるけど勤務時間内だよ」という叱責を受けることになるでしょう。そして子ども側も「お母さんが絶対起こしてくれるから大丈夫」という間違った安心感を得て、寝坊癖を自分で直そうという意欲は沸きにくいです。きっといつまでもその習慣は変わらず、このお母さんは「子どもが遅刻しないように対策を取る」ことを止めようとしないでしょう。
ギバー行動に見えて、実は誰にとっても「ギブ」になっていないのです。
②優しさと自己犠牲が混ざってしまう瞬間
なぜここまでのギブ行動を行ってしまうのでしょうか。
それは相手への優しさを示すために自分を犠牲にしていることに気づいていないからです。
なぜ自己犠牲に気づかないか、それは自分側の境界線が分からないからです。
相手のYES/NO、許容範囲、できる・できないのラインは分かっている、でも自分のそれは分からない。分からないから考慮しない、相手のラインに合わせる。
どこで帳尻を合わせるか、と言えば自分が無理をする、という選択になるのです。
③疲れやすさの正体は「背負いすぎ」
無理というのは、時間・体力・感情のどれかに必ず負担がセットです。ですが自分のギブ行動の動機が「相手への優しさ」ですから、止めることが出来なくなります。
やり続けるほどに自分に疲労が蓄積していき、ストレス化します。
相手への優しさというポジティブな感情がスタートなのに、自分は少しも満たされない。
どうして満たされないのか、と、考えますよね。
でもそこで「やり過ぎ」「相手のためになっているのか」という視点にはなりにくいです。自分の境界線が見えてないのですから当然です。
もっとギブ行動を増やそうとします。そしてさらに疲れてしまうのです。
5.自他どちらにも優しい境界線の引き方
①境界線は自他を守る「基本的人権」
では、自分にとっても他者にとっても負担にならない、丁度いい境界線とはどんなものでしょうか。
「境界線」という言葉を聞くと、壁のような、国境線のようなイメージを持つかもしれません。
それは非常に強固でゆるぎないイメージですよね。
そこからとらえ直しましょう。
自分と他者との間に「線」を引いた方がいい一番の理由は、「お互いの領域を侵害しない」ためです。
領域、という言葉をもっとはっきり言うと「人権」です。
どんな人も、自分の自由を感じて、考えて、選択して、行動する権利があります。
基本的人権と呼ぶものです。
この基本的人権は、必ず「公共の福祉」とセットです。つまり「他人のそれを侵害しない限りにおいて」自由なのです。
憲法や各種法律にも定義はありますが、では、具体的に自分はどこまでを「自分の自由」として定義すればいいでしょうか。
それが今回テーマとした「自他の境界線」です。
法律と違い、私たちの生活は多面的です。たくさんの人と関わって、様々な場面で、その場に必要な役割を果たしながら生きています。これをたった一つの「境界線」で区切ることは難しいです。
例えば先ほどのお母さんの事例だと、「寝坊癖のある人を起こしてあげる」のは母親であればある程度許容されるラインですが、会社の同僚相手だとどう見てもやり過ぎですよね。
「相手のために何かしてあげたい」と思うことは自由です。ただそれを「受け取る相手の自由を侵害しないか」とセットで考える必要があります。
それが引いては「やり過ぎ防止」となり、自分を守るためのラインにもなるのです。
②察しない・決めつけない・確認する
もう一つの引き方としては、「察しない・決めつけない・確認する」の3ステップです。
表面ギバーは自分の許容範囲はさておき、他者の状況に必要以上に注意を払います。相手に何をしてあげられるか、察しようとする気持ちがとても強いんですね。
ここで注意したいのが「察しようとする」けれど「察することが出来ている」わけではない、ということです。あくまで外側から見た予想に過ぎません。
しかし「何かしてあげなければ」という気持ちが強いので、ヒントが見えた時点でギバー行動を開始してしまいます。すると、相手の境界線を読み間違えてしまったり、自己犠牲しなければならなくなったりします。
察しようとする気持ちは優しさです。それを活かすためにも、ヒントが見えたらそれを絶対と決めつけない、そして相手に確認をする。この3段階で自他の境界線を補正していきましょう。
③踏み込まないことが、最大の尊重になる場合
境界線を引く、というと「どこまで踏み込むか」を考えがちですが、同じくらい大切なのが「踏み込まない」という選択です。
例えば「夫の夕食の箸が進まない」と気づいたとします。
「きっと会社で嫌なことがあったに違いない」と察したとしても、そこで決めつけずに「あまり食欲ない?体調悪いのかな、それとも何かあった?」と問いかけてみるのは、②でお話した「確認」の姿勢です。
ただし、ここで忘れてはいけないのが相手には「話さない自由」もあるということです。
昼間食べ過ぎて胃もたれしているだけかもしれませんし、会社で何かあったとしても、今は話したくない可能性もあります。
そのときに
「家族なんだから話してほしい」
「心配してるんだから言って」
と踏み込むのは、優しさのようでいて、相手の領域への侵入になってしまいます。
何も聞かない、深掘りしない、解決しようとしない。
それは放置でも無関心でもありません。
「話すかどうかを決めるのはあなた」という選択権を相手に返す行為です。
踏み込まないことは、関係を遠ざけるためではなく、相手の自立と尊厳を守るための境界線です。
そして同時に、「自分が背負いすぎない」ための、自分自身を守る境界線でもあります。

6.真のギバーになるために出来ること
①観察 → 仮説 → 小さくギブ → 調整
では、表面ギバーではなく、本当の意味で自分も相手も守る境界線を持っている「本質ギバー」行動を増やすためにはどうしたらいいでしょうか。
まず、先ほどの「察しない・決めつけない・確認する」の発展版です。
- 観察する
- 仮説を立てる
- 小さくギブする
- 調整する
の4ステップです。
まず、相手がどんな状態・状況にあるのかを観察します。この時相手の心情まで考える必要はありません。そこまでいきなり踏み込んでしまうと「自己犠牲」が発動してしまうので注意しましょう。
次に収集した情報から「相手が何に困っているのか、他者から手助けできるのはどの部分か」について仮説を立てます。仮説なので、案は複数あったほうがいいでしょう。
観察は「事実を見る」こと、仮説は「意味づけを仮に置く」ことです。
そして考えたものの中で、「自分が出来ることは何か」を、自分の境界線を元に選び直します。
何か1つ出来そうなことを選んだら、いきなり全部やるのではなく「小さくギブ」してみます。
例えば「今抱えてる仕事大変そうだな、一人じゃ無理なんじゃないか、今私は余裕があるから、一緒にやってあげることも可能かも」と思い付いたとしたら、「もしかして○○の仕事、結構きつい?」と声掛けをしてみましょう。そして反応を見ます。
相手が「うん、ちょっと間に合うか不安になってる」と言って来たら「今日の夕方以降なら手伝えるよ」と言ったギブ行動を申し出て、また様子を見ましょう。
相手が「ううん、大丈夫」と言ったら、それ以上は手出ししなくてOKです。心配かもしれませんが、自分は自分でやるべきこと・やりたいことはあるはずですから、そちらに思考を切り替えましょう。
②正しく与えるより、調整し続ける
表面ギバーは「正解は何か」にこだわりがちです。しかし境界線にもギブ・テイクにも絶対の正解は存在しません。自分は・相手はどう考えるか、だけです。
この視点は「正誤」にこだわるより状況に合わせて調整し続けることがポイントです。
今日は自分がギブしたけれど、明日はギブされる側になるかもしれない。こうした変化は常に起こりえます。
境界線を「壁」化しないためにも、正しさより調整し続けることが効果があります。
③自分のエネルギーを守ることもギブの一部
ギバー行動とは、相手に何かをしてあげることばかりではありません。
なぜなら人間関係は、相手が誰であれ「相互関係」だからです。
大人同士とか、そういう条件も関係ありません。大人と子供、若者と高齢者であっても相互関係で対等です。
ということは、こちらが自己犠牲でキャパシティを無視してギブし続けることでどこかで限界を迎えたら、どうなるでしょう。
心か体が思うように働かなくなります。そうしたら身近にいる人が、こちらが出来なくなった部分を助けるギブ行動が必要になります。ギブは「したい」と思うからこそギブなのであって「やらざるを得ない」状況だと「テイク」とみなされることもあります。
相手に与えたいと思った結果が自分がテイカーになっていた、というのは私たちも本意じゃないですよね。だからこそ、本質ギバーは「どこまでなら心地よく与え続けられるか」を常に確認しています。
自分のキャパシティを把握し、エネルギーを枯渇させず、自分の心身を安定させるために時にはNOを示すことは、自己中心的な行為ではなく、関係性を壊さないためのギブ行動なのです。
7.まとめ
①境界線がないと、ギバーもテイカーも苦しくなる
ギバーとテイカーは、性格や善悪の違いではありません。
その人がどんな状態にあり、どこに境界線を引いているかによって、行動が変わるだけです。
境界線が薄いと、ギバーは背負いすぎて消耗し、境界線が自分側にだけ強いと、テイカーは孤立しやすくなります。
どちらも「自分を守ろう」としているのに、結果として人間関係が苦しくなってしまうのです。
②境界線があるから、優しさは続く
境界線とは、相手を拒絶する壁ではありません。
お互いの自由と責任を分けるための、柔らかい線です。
自分のキャパシティを知り、相手の選択を尊重し、察しすぎず、決めつけず、必要なときに確認する。
そうした境界線があるからこそ、優しさは無理なく続き、関係性は安定していきます。
③奪われない優しさが、誰かを本当に助ける
自己犠牲の上に成り立つ優しさは、長くは続きません。
そしていつか、与える側も受け取る側も苦しくなってしまいます。
- 自分を守りながら与えること。
- 踏み込みすぎないこと。
- NOを示すこと。
それは冷たさではなく、相手の尊厳と自立を信じる姿勢です。
奪われない優しさこそが、相手の人生を侵さず、本当に支える力になります。
境界線は、関係を遠ざけるためのものではありません。
人と人が、無理なく長く関わるための、優しい土台なのです。


