協調性より柔軟性

協調性とは、「自分自身」と「外部環境」の調整

協調性」って、結構どこでも要求される性格特性、行動特性ですよね。
学校生活でも職場で長くやっていくためにも、そもそも面接の時点で求められたりします。
しかし、協調性さえあれば上手くやっていけるわけでも、幸せになれるわけでもありません。

協調性とは、一種の呪縛ではないでしょうか。

1.関心は高い「協調性」

そもそも協調性って何でしょう
本来の意味合いというより、イメージのほうが大きい(良いイメージ)要素ではないでしょうか。

協調性がある、というと、

・誰とでも仲良くできる、コミュニケーション能力の高い人
・周囲と衝突しない
・フレンドリーで平和的
・どんな人的環境にも適応できる

みたいな特徴を想像します。
こうなれたらいいな、と思うし、付き合う人がこんな人だったら気が楽だろうな、と思いますよね。
だから自分の協調性はどれくらいあるのか、これから一緒に行動する人に協調性はあるのか、ということに関心が向くのは当然かもしれません。

2.協調性の対義語は?

では、協調性がない、または対義語は何でしょうか。
上記の反対を想像すると、

・他者と協力せず、自分の思うことを優先する
・周囲の衝突を恐れない
・好戦的
・環境を選ぶ

などでしょうか。

協調性が高いことはいいこと、ではその反対は悪いこと?…とも言い切れないですよね。

自分が「こうだ」と思うことを、周囲の衝突を恐れず自分の力でやり遂げようとする姿勢は、むしろ歓迎される力です。
過ごす環境を選ぶのももっともでしょう。どんな環境でも自分をぴったり合わせることが出来るスライムのような便利な人はいません。
少なからず得手不得手、ここは無理、等があって当然です。

3.大事なのは協調性だけじゃない

協調性が大事で、その能力が高い人が一般的に歓迎されることは自明です。
しかし反面、協調性「だけ」を追い求めすぎるとどうなるでしょうか。

・周囲に合わせる努力をし過ぎる
・周囲との衝突を避けるために自分の意見は言わない、感情を否定する
・周囲に合わせるためにやりたくないこともやる
・周囲に合わせようとしない人を排除する

ような状況が想定されます。いわゆる「過剰適応」です。
周囲への協調や適応を優先させすぎたために心のバランスが崩れてしまうのです。

4.自分の核を守る「柔軟性

協調性とは、「自分自身」と「外部環境」の調整、ではないかと考えます。

協調性と核・調整の図
譲れない「核」をしっかり持った上で環境と「協調」する

誰でも自分自身があります。考え、好み、性格、生育歴、家族構成、友人関係、信念・信条、将来の夢、得意不得意、など。
そして他者にもそれがある
自分とは違う特性を持った人たちと一緒に生きていくのが社会ですが、違う者同士が一つのところにひしめき合えばぶつかり合うのは想定できます。
ぶつかり合ったとき、どこまでを相手に合わせて調整するのか、が大事になります。

自分自身のなかでも、「ここまでなら譲ってもいいかな」という調整領域と、「申し訳ないがここは譲れない」という核部分があると思います。
調整可能な部分で、必要に応じて環境に合わせることが出来る人が、「協調性のある人」だと思います。
逆に、環境に合わせることばかり考えすぎて本来なら譲れない部分を譲ってしまうと、「過剰適応」になり、メンタルヘルスが損なわれる危険があります。

環境と協調するかしないか、必要に応じて出したり引っ込めたりできる「柔軟性」の高さを目指すことをおススメいたします。

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